学校や職場でキャラづくりに悩むのは、居場所や安定を求めているから

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94年生まれの女子大生。複業として自分の名前でも仕事がしたい。脱力系だけど、考えることは大好き。
 
キャラづくりという言葉もあるように、人間関係ではキャラが存在する。
 
 
これが時にはすっごく億劫だ。新しい環境になれば、また自分のキャラ探しをはじめなければいけない。
 
 
めんどくさいとわかっていながらも、私たちが自分に合ったキャラを探す理由はなぜなんだろう。
 
 
その理由はシンプルで、どこか居場所や安定を求めていたり、変わったシンボルがほしかったり、何者かになろうとしているからなんじゃないかな。
 
 

私が中学生の頃「変わったシンボル」に憧れていた

私は当時「納豆は絶対にご飯にかけたくない」という、変なこだわりがあった。お茶碗やごはんがねばねばになる感覚がどうしても嫌だった。
 
 
そんなことを熱弁していると、なんかそんなキャラになった。「変わってる」とか「個性的」って言われるのが、どこかうれしかった。
 
 
今考えると変なとこに頭使っててアホだなって思うんだけど、当時はシンボルを求めていたり、何者かになりたかったんだと思う。
 
 
たしか1クラス37人だった。大人数の中で、消されないように工夫していたし、自分なりの戦略だったのかもしれない。
 
 
そして恥ずかしながら、せっかくなら普通じゃなくて、個性的な奴に憧れていた。
 
 
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キャラに求める根底的なものは、居場所や安定 

自分のキャラはある意味、居場所みたいなもの。誰しもが、相手から求められるとうれしくなるから、自分が活躍できる居場所がほしくなる。
 
 
変化ばかりの日常だとしんどい。新しい環境が疲れるのも、そのせいだ。
 
 
キャラの迷走がつらく感じるのも、ぐらぐらしてて安定しないから。はやく自分の居場所をみつけて安定したいのだ。
 
 
そしてその居場所は、できれば被りたくない。よく、自分のタイプと違った子がらくって言うのは、そんな理由があるんだと思う。
 
 
わがままなことを言うと、自分のフィールドを邪魔されたくないんだ。
 
 

集団生活をする上でキャラづくりはずっと背負っていくもの

「どうしてキャラづくりをしているんだろう」って悩んでいる人をたまにみるけど、結局は避けられない問題だ。
 
 
安定した居場所を確保した方が、らくだから。あとはそのキャラに、定住すればいいだけだから。
 
 
だから視点を変えて「ああ、自分って居場所を探してるんだ」とか「何者かになりたいんだとか」って、自分を認知した方が、いいんじゃないかな。
 
 
私は大学に入りやっと「キャラは居場所」だと気づいて、そう考えるようにしてきた。そうすると自然と、らくになった。
 
 
ずっと背負っていくもの。そう考えた方が、きっといい。キャラづくりは、居場所づくり。
 

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