あれから5年。行きたくない成人式に行かなかった私は、後悔しているのか。

あれから5年になる。わたしは、成人式に参加しなかった。加えて、同窓会にも不参加。

今は、2019年1月14日。2014年が成人式だったから、あれから5年。そうか、もう、そんな経ったんだね。

 

高2の時に、「なんとなく、参加しないんだろうな」とは思っていた。そして大学1年には、「不参加」を選択。

もちろん、多少は悩んだ。

ほとんどの人が参加する中、不参加なんていいんだろうか。後悔はしないのだろうか。友達と疎遠にならないか。

 

そんな過去の自分に向けて、今の心情を綴っていきたい。そして成人式に参加したくないあなたにも、読んでもらいたい。

結論、まったく後悔していません。

成人式に参加しなかった理由。

もう、自分でも笑ってしまうほど、世間一般的考えて、ずれた感覚だと思う。

 

わたしは、イベントが苦手だ。そこに加えて、大人数でワイワイするのも苦手だ。

「いよいよ大人ですね。あなたたちはもう、大人になります。」

そんなこと聞かされたところで、すぐに変わらないでしょ。年齢に囚われず、大人になっても子供になってもいいでしょ、って思ってた。

 

ちなみに、友人関係は悪くはなかった。今でも関係が続いている友達は、何人かいる。

ただ、なんとなく嫌だったのだ。みんなと久しぶりに会っても、特に話すことはない。

わたしは極端に、過去を振り返らないタイプ。今や未来にワクワクするので、過去のエピソードに浸りたいという感覚がわからない。

 

そして、なんとなく想像できた。同窓会に参加したとしても、「どうして成人式にでなかったの?」と、質問の嵐になるってね。

その度に説明するなんて、億劫すぎる。だから決めた、、、行かないって。

 

振袖よりも、経験に。

でも何だかんだ言って、せっかくのハタチ。わたしも、自分の記憶にきちんと残したいと思っていた。

ただ、「振袖」に数万数十万円かけるのは、もったいない。そう思って、私は「経験」に思い出を残すことにした。

 

「お父さん、お母さん。わたし振袖じゃなくて、経験にお金を遣いたい。いいよね?」

両親は、キョトンとしていた。そりゃあ、そうだ。

 

案の定、「ほんとうに、後悔しない?振袖着なくてもいいの?みんな、参加するんじゃないの?」。

ありがたいことだ。

でも当時の心情を話したら、「そうか。ヌイの選択に任せるよ!」と納得してくれた。

両親は最終的に、いつもわたしの意見を尊重してくれる。ほんと、いつもありがとう。

 

そして大学で募集していた、1ヶ月の海外プログラムに15万円を払った。「振袖」ではなく、「バーレーン」を選んだ。内容は割愛するけど、とてもいい経験だった。

せっかくお金を遣うのなら、使い道は自分で決めてもいいじゃないか。それこそ、大人なんだから。

 

「みんなが経験できること」は手放したけど、その代わり、「なかなか経験できなかったこと」を手に入れることができた。

そういえば、いつもわたしは、そんな選択ばかりをしてきたかもいれない。

疎遠になった友達、親密になった友達。

ただ、もちろんいいことばかりではない。成人式に参加しないことで、疎遠になった友達はいる。

厳密に言えば、原因は成人式だけではないと思うけど。「成人式不参加って、変なの」って思われていたとはず。(被害妄想かも)

 

でも、言い方は悪いけど、今まで出会ってきた人を天秤にかけることはできた。「手放すべき友達」と「ずっと会っていきたい友達」。

しばらく会っていない中、「最近、何しているんだろう?」と気になる友達が、自分が関わっていきたい友達なんだと思う。なんとなく。

 

そして自然と、そんな友達は、成人式不参加のわたしに「ヌイらしくていいよ」と、今まで通り接してくれる。

そんな友達だけでいいんだ。定期的に、天秤にかけることって必要だよね。なんて、正直思っている。

 

自分の選択だから、後悔はない。

過去に、悩んでいたわたしへ。

成人式から5年が経ちました。結局、成人式には参加しませんでした。同窓会にも行っていません。

 

今まで説明した通りで。得たものも、失ったものもあります。あなたの想像通りでしたか?

 

ただね、まったく後悔していません。自分で考えて下した選択なので、多分後悔していないんだよね。

いつもそうじゃん、わたし。

 

成人式に行ってなくても、大丈夫、大人になってる。

まともかどうかは知らないけど、今までのあなたのように「主体的」に考えています。「世間一般的に」ではなく、「わたしはこう思う」って。

 

成人式の2週間後、あなたはいろんな経験をしていくよ。気をつけていってらっしゃい。どうか、楽しんで。