営業が合わず、ホワイトIT企業を新卒入社10ヶ月で退職しました。

新卒で入社した会社を、10ヶ月で退職しました。とりあえず3年と言われている世の中、1年も持ちませんでした。

「全く、ゆとりは」って思われても、しょうがないと思います。

 

大学生の頃、「新卒数ヶ月で辞めました」がタイムラインで表れる度、どこかバカにしていた自分がいたのに。

今度は、自分がそっち側に。まさか自分がなるなんて。できれば避けたかったのが本心です。

 

前職は、第一志望の会社。「2000人中の6人」になるために努力し、戦略を立て、最終面談でその場内定をもらった時は、うれしすぎて手が震えました。わたしが最後の内定者である、6人目でした。

月間残業時間20時間、有給消化率80%、週休完全2日制。人も環境も恵まれ、飲み会も少なく、パワハラセクハラなしの、絵に描いたようなホワイト企業。

 

どうしてそんな恵まれた環境を、手放してしまったのか。この記事で赴くままに、綴っていきます。

 

あれ、営業が苦痛だぞ。

入社後、4月末には配属され、OJTがはじまりました。

5月の後半には先輩の同行がはじまり、新人はテレアポもスタート。また、イベントも定期的に開催されるので、呼び込みやビラ配りも。初体験でした。

 

基本的には、インバウンド営業です。※お客様からお問い合わせがきて、そこから対応する営業方式。

ただ新人は、アウトバウンドのテレアポも訓練としてマスト。月に250〜400件の電話をかけ、断れながらも、淡々とかけていく。(もちろん、9月からインバウンドも本格的に入りました)

 

テレアポって100件かけて、1本アポが取れるかどうかの世界。もともと内向的でガツガツしていないわたしにとって、とても苦痛でした。

可愛げがないわたしは、「こんなにやって意味あるの?不毛でしょ」って、日々考えてしまったり。

ここが、第一次営業イヤイヤ期です。他にも、毎月数字がリセットされて、振り出しに戻る感覚も嫌でした。

 

営業はコミュ力おばけがわんさか。ただただ、圧倒されてしまった。

もともと周囲には、「話の進め方が上手」「説得力がある」って言われてきました。だからなんとなく、「営業やっていけるでしょ」と。

でも現実は、甘い。超甘い。営業職の人って、もうみんなコミュ力おばけなんです。

 

飲み会では特に顕著で、場を盛り上げるのも上手だし、空気を読んで選ぶ言葉もセンス抜群。ノリの良さもタレントさん。小皿を取り分けるのも嫌味なく、ホステスレベル。

大人数の飲み会が苦手だった私は、先輩方に結構注意されました。「もっと周りを見て気を使おう」「もっとニコニコしよう」「先輩の言葉を拾おう」。

自分では精一杯頑張っているけど、相手が求めるレベルにどうしても達せない。明らかに、適正とずれている。

社内でも社外でも営業としてうまくやっていけないわたしは、自己肯定感が下がっていき、虚しさばかりが募っていきます。

 

途中、本気で辞めようと思った自分と、立ち直った自分。

「辞めたい」って思ったのは、1度や2度ではないけど、10月11月はピークを迎えました。体がわかるように拒絶していきました。ラジオにも呟いています。

 

 

上期が終わり下期を迎え、目標受注件数がグッと上がったのが、大きな原因だったと思います。プレッシャーでした。

でも、体と精神が追いつけない。ミスも増え始め、チームの方々にも迷惑がかかり、自身喪失。そんな日々でした。

 

ただ、この時転機が。わたしが尊敬していた上司が、わたしのメンターになったのです。

自分の営業スキルが、どんどん向上していくのが、目に見えてわかりました。はじめて「たのしい」って、心から思った瞬間です。

 

とても相性がよく、相談しやすい方。この方には、感謝の気持ちでいっぱいです。

ただ会社の事情でチームの再編成が決まり、上司は他部署へ移動が決定。次のメンターとは前から馬が合わず、以前のわたしに戻ってしましました。

 

少しずつ自分が壊れていく。あれ、わたし、こんな脆かったっけ?

気が付けば、体調を崩すようになりました。

そんなに体が強いわけではないですが、11月に発熱と12月に胃腸炎がきた時は、さすがになんだかおかしいなと。目眩と頭痛もやってきます。

電車も夜寝る前も、涙が頬を伝っていく。無意識にでてしまうんです。時には会社に向かう途中、Uターンして最寄駅に戻ろうとしている自分も。

 

しまいには、人と話したくなくなりました。テレアポも案件フォローの電話も苦痛。営業として致命的です。

私生活にも支障が出ましたね。こんなときはTwitterの言葉もしんどいし、LINEの返信も2・3日と次第に遅れていきます。言葉に触れたくなかった。

間が空くんですよ、自然と。TwitterもブログもラジオもTwitterも、全部全部だいすきなのに。人間って不思議ですね。

 

両親もわたしの異変を気づきます。

顔色の悪さ、無気力さ、会話が減る、部屋に閉じこもる、外に出ようとしない。そりゃあ、心配になりますよね。

「自分のことを守りなさい。大切にしなさい。最悪、辞めてもいいから」と言ってくれた時は、涙がでました。心がふと、軽くなり救われました。

 

「とりあえず3年は、営業」から抜け出せない、新卒たち。

もう体質的に営業が向いていないし、思い切ってジョブローテを視野に。人事部長にメールを送り、30分ほど時間をいただきました。

答えは「新卒は営業を3年が必須なんだよ、、本当にごめんね」。やっぱりね。まあ、全然想定内だったんですけど。

 

中途で成り立っている会社だったので、新卒はわたしたちの代で5年目。で、5年目の先輩方を見てみると、また営業なんですよ。他商材の営業。

環境(部署)が変わり、製品をまた一から覚え直し、月と半期の目標を追ってゆく。それを何度も繰り返す。

中には、マーケや企画を希望している先輩もいたみたいでしたが、その希望は叶わず「また営業」。

 

「ここに居ても、わたしの希望は叶わない。どうせずっと営業の道になるのなら、他の道を考えよう」

頭の中には、「辞める」という選択肢しかありませんでした。そして今、退職に至ります。

 

まあ、なんとかなる。自分の直感を信じて歩んでいきます。

わたしは、ほぼ見切り発車で退職してしまいました。

貯金は少ないし、次の職も決まっていない。わたしの真似は厳禁。絶対におすすめしません。

 

でも思い切って辞められたのは、自分の中で生活のハードルを下げて「最低限の生活の保障」をつくることができたから。

「複業」は自分を守るためにも、大切だと思います。

この記事を読んでくれたあなたも、最低限、「転職先の決定」か「複業からの収入」を決めてから辞めた方が、安心だと思います。

自分を追い込んで、いいことってそんなないから。

 

最後は自分の選択を、肯定できますように。

最終日の帰り道、あんなに辞めたかったのに、嗚咽が出るほど泣きました。なんだか過去の自分にも両親にも、申し訳ない気がして。

ただ、今は決断してよかったと思います。もしこのままいけば、鬱や対人恐怖症になっていた可能性も。

 

当分はフリーなので、自分が「挑戦したいこと」「好きなこと」「得意なこと」にフォーカスして働きます。

少し前、「フリーランス最高!」なんて風潮ありましたけど、自分はそう思いません。

会社員は会社員のメリットがある。時が来れば、会社員に戻ると思います。実は水面下で動いていることもあるので、時期が来たら報告します。

 

わがままかもしれませんが、ただ応援してくれるとうれしいです。元気がでます。ヌイの欲しいものリストも作成したので、よかったら支援してね(笑)

今度は笑って仕事ができますように。最後まで読んでいただき、ありがとうございました。